2月2日 浅茂川『節分太鼓』

節分太鼓

こんにちは!やすみ こうじです!
令和3年2月2日、京丹後市網野町の浅茂川で『節分太鼓』が行われました。

記事の最後に厄ばらいの節分太鼓動画を掲載しています!

節分太鼓は数えで36歳になる青年が、町内を太鼓を叩いて巡り、厄払い、家内安全、無病息災、商売繁盛などを祈願する浅茂川の伝統行事です。

ぼくもちょーど、数えで36歳になったので、この伝統行事に参加しておりました。

メンバーは寅年、兎年の生まれで結成していることから、名前を『実虎兎会(みことかい)』としました。

あれ?去年もやってなかった?

そうなんです!昨年の今頃にも、実はこの『節分太鼓』の記事を書いております。

移住してまだ数日の僕だったのですが、厄年を1年早く違えて、先輩方と節分太鼓を経験するという
貴重な体験を経ていたのです。

詳しくは昨年の記事を参照 ▶▶▶ 『2月3日 節分太鼓 浅茂川』

コロナ禍と伝統行事

↑練習場の区民館では、できるだけ皆の距離をとって、換気をしながら練習を行いました。

節分太鼓は11月から、節分までの約3ヶ月間、地区の『浦嶋太鼓保存会』の皆さんのご指導のもと、太鼓の練習に励みます。

しかし、近年猛威を振るう新型コロナウイルスの状況に、そもそも今年の節分太鼓はできるのか?という議論がなされました。

今のコロナの状況は理解しながらも

こんな時だからこそ、厄払いの太鼓で地域を活気づけたい!

そのために、様々な対策をとれば、できるんじゃないか?

同年皆の心の中に「節分太鼓をやりたい」という気持ちが強くなっていきました。

浅茂川の青年が太鼓を叩くということ

節分太鼓を経験する浅茂川の先輩方は、太鼓を叩くことができます。

各家庭に太鼓を叩きに行った時、先輩方が太鼓を叩いてくれることがありました。

何年も太鼓を叩いていないはずなのに、浅茂川で生まれ育った先輩方は今でも見事なバチさばきを見せてくださるのです。

もしコロナの状況が悪くなって節分太鼓が実施できなくても、同年で太鼓を叩くことができるようになりたい。

そう思っていました。コロナ対策をした上で、実虎兎会は節分太鼓実施に向けて動いていきました。

『市松模様』の法被(はっぴ)

節分太鼓では同年でオリジナルの法被を製作します。

実虎兎の法被は『鬼滅の刃』の主人公である炭治郎がまとう『市松模様』

流行にどっぷりのっかるスタイル!(笑)

ちなみにまわった先の子供に喜んでもらおうと、子供サイズもつくってました。

鬼退治を行う炭治郎と、節分に厄払いを行う節分太鼓はピッタリな気がしました。

そして、流行ではあるものの『市松模様』は日本に古くからある縁起の良い伝統的な模様です。

市松模様は同じ模様が続くことから、永遠や発展、繁栄を意味します。

実虎兎会は、コロナという鬼を払い、幸せな世界が続きますように!という思いを法被にのせました。

ちなみに生地は『丹後ちりめん』を使用しております!

節分太鼓当日

このコロナの状況下で節分太鼓を行うことに、批判もあるだろうと覚悟していました。

当日は例年に比べて巡行場所を制限して、感染防止対策を講じました。

いざ太鼓を叩きに行くと、たくさんの方が「来てくれて嬉しい」、「この太鼓を楽しみにしていた」
「ウチもきてほしい」など声を掛けてくださいました。

↑ 通常は家の中で太鼓を叩くのが伝統なのですが、コロナ完成防止のため屋外叩いていました。

コロナといえど、町の人は、この節分太鼓を待ち望んでいたことを感じ、そんな励ましに、ぼくたちはパワーを頂きました。

『浦西』にも負けず、80件を回る

この季節の丹後は僕のブログではおなじみ『浦西』気候で、よく雨が降ります。

↑ 節分太鼓当日も雨や霙が降りました。ブルーシートで太鼓を守る!

ぼくたちはこの日、たくさんの家で太鼓を叩くのですが、太鼓を聞く方は今日この1回切きり!

だからぼくたちは1回1回、その家の厄が払われるように、とにかく一生懸命に叩こう!

そう決めて、各家庭を回っていきました。とはいえ最終的に80件の家をまわった皆は幾多の掛け声により、

ハスキーボイスになっていました。

↑法被の製作でお世話になった『田勇織業』さまにて

↑祭りも終盤、皆元気をふり絞って声を出して、太鼓を叩く!

節分太鼓を終えて

コロナという大変な状況の中、ご指導いただいた浦嶋太鼓保存会の皆様

行事の実行を支援してくださった区関係者さま

3ヶ月間の練習へ送り出してくれた家族、皆さん本当にありがとうございました。

祭りが終わって数日が過ぎ、メンバーは「もう練習ないんかぁ」「寂しいな」と、節分太鼓ロス状態です。

(数えで)36歳にもなって、3ヶ月間1つの目標に向かって話し合ったり、練習するという経験はとても貴重です。

なので、終わった後には、達成感と同時に、寂しさも合わさって、なんともいえない感情が湧き上がってきました。

僕は1年くらい前に居住してきた身ですが、こうやって同い年のメンバーと
まるで地元で生まれ育ったような感覚で太鼓が叩くことが出来てとても幸せでした。

太鼓が終わって数日後、区民の方から感謝の気持ちが記されたお手紙を頂きました。

節分太鼓で、町の人からたくさんの励ましのお言葉をいただいたこと、後日いただいた手紙、コロナ禍でぼくたち同年が伝統行事を行うことについて、いろんな困難や葛藤があったのですが、

やって良かった。

そして、体調不良やコロナの感染等なく節分太鼓を無事終えることができて本当によかった。

伝統文化を守ること

祭りなどの伝統行事には、すごいパワーがあります。

太鼓を叩いたり、神輿を担いだり、歌ったり踊ったりすることで

子供や大人、お年寄りが皆、笑顔になるんです。

ぼくは、幼いころから母親が祭りが大好きであったことが影響し、様々な祭に参加してきました。

とくに、神輿などの体を思いきり使うタイプのお祭りが大好きなんです。

最初は参加することが楽しいと思っていたことから、もうひとつは見ている人たちが元気に、
笑顔になっている、喜んでいるところを見ることに、とても幸せを感じるようになりました

そんな、素敵な祭りや田舎のすばらしい文化も

人口減少や、担い手不足、そしてコロナなど様々な理由によって、縮小したり、なくなったりしていっているのが現状です。

ぼくは移住者ですが、そんな丹後の昔からある、もとからある素敵な部分が大好きで、そこに本当の魅力、幸せがあると思っています。

そしてこれからも、そんな魅力を伝えたいと思っています。まだ、移住して1年と3ヶ月、まだまだ探して発信していきたいと思います!!

丹後そして、日本の皆さんの厄払い

今年の節分太鼓は、コロナの影響もあって、厄払いの太鼓を叩きに行けなかったところがたくさんあります。

なので、事前に収録しておいた節分太鼓をYoutubuで配信することにしました。

丹後そして日本の厄、そしてコロナウイルスが1日でも早く収束することを祈念してこの動画を皆さんに送ります!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

田舎で感じる春